松平 重和(まつだいら しげふさ)は、江戸時代前期の旗本。通称は太郎左衛門。松平郷松平家(太郎左衛門家)10代当主。
生涯
松平尚栄の長男として誕生。
寛永8年(1631年)、3代将軍・徳川家光に拝謁する。以後、隔年参府して将軍に御目見する慣例となった。慶安元年(1648年)、父の隠居により家督を相続した。松平郷の菩提寺・高月院の堂宇の修復を行った。
寛文4年(1664年)死去、享年58。
系譜
- 父:松平尚栄
- 母:成瀬重正養女
- 妻:本多光久娘
- 妻:本多光政娘
- 生母不明の子女
- 男子:松平信和
- 女子:清光院 - 松平信久室、親貞の母
参考文献
- 『徳川・松平一族の事典』工藤寛正




